written by 井椎しづく

1. しづく的五行歌への考察(仮題)   2003/02/01

◆はじめに

最近、歌について語りたくなってきた。
五行歌を始めてからはもう、4~5年になるが、歌会に出始めて、ちょうど一年になる。
なんというか、それは先生の言葉とかではなく、自分自身が現在考えているあり方を、まとめて記録しておきたいという思いだ。
あたりまえのこととかも多いと思うが、今の自分のスタンスを示すことで、スタートラインにたてる気がする。そこから新たなステージに行くためにも。

◆どんな歌をつくる?

五行歌は、とても作りやすい詩形というのは、多くの人が感じているだろう。季語にも文字数にもとらわれないからだ。
あまり簡単にできすぎて拍子抜けするかもしれない。
制約がない中で、さて、何をうたうか。

今の自分のテーマとしては、

1)自分の考えや生活信条のようなもの
2)生活の中で発見したこと、もの
3)心の揺れ、感情の吐露

つまり、これらの種=ネタ=核がないと、歌がわいてこない。
とくに、2)と3)に関しては、いかにいいインプットをしていくか、がとても重要になる。
これは、人の作品を批判するものではない。
あくまでも、私の歌に対するテーマの話なので、誤解しないでほしい。
自然の美の歌、ユーモアのある歌、夢のある歌、官能歌、それぞれに良さがあると思う。
その中で、私が歌えるのは、私だけが歌える歌であってほしいのだ。

いいインプット→いい生活→いい人生と、つながる毎日のあり方そのものだ。
いい歌が作れる人は、きっといい人生が送れるだろう。
それには、いいインプットをいかに多く入れてくか、体験、経験するかだと思う。
私の毎日は、いいインプットさまさまを探している毎日なのだ。

◆自分にとって五行歌とは?



 


    足  告  自
    跡  白  己
       で  表
       あ  現
       り  で
          あ
          り

五行歌に出会うまで、私は詩やエッセイという表現手段をもちいていた。
五行歌というコンパクトな詩形は、思いのひらめきを書き留めるのに、とても便利だ。
作りやすく、覚えやすく、無駄の入る余地がない。
鑑賞する、という意味では、短歌も川柳も俳句も好きだ。
しかし、自分が作れる、作りやすさでいえば、五行歌がダントツである。
この五行に、人生の縮図をつめこもうとしている。

◆歌会の楽しさ

あなたが初めて五行歌を知り、なんとなくいくつか作ってみたとする。
さて、次にどうする?

1)そのままひとりでノートに書いて作り続けるだけ
2)誰かに見てもらい、感想を聞く
3)公募や投稿をする
4)ウェブサイトで発表する
5)同人誌に投稿する
6)歌会に参加する

私はずっと3)や4)のスタイルで、創作していたのだが、去年一年で、5)、6)を新たにトライした。とくに歌会は、私にとって、とても画期的なものだった。

まず、歌会そのもののやり方をおさらいしよう。
多少やり方が違うものもあるが、いつも私がでている歌会のスタイルを紹介する。

1)歌会に先立って、2日前までにメールで歌を主催者に送る
2)歌会当日、無記名の歌のプリントが配られる
3)何首、何点と持ち点が告げられ、気に入った歌に点をいれていく
4)歌のひとつひとつについて、点を入れた人が感想を述べる。
5)作者が公開され、作者による解説。

ここでは、どんなベテランでも新人でも平等に、歌一つで勝負しなければならない。
自分の歌には、点を入れないルールなので、0点もありうる。
とても厳しい実力社会なのである。こういうと、「怖くて出られない」という人がいるかもしれないが、それは最初だけである。

五行歌は、添削をしない。作者の思いを大切にするからだ。それは、上位下位の関係性を否定する、すなわち、初めての方でも平等に、人間として対等に話ができるということだ。
歌会では、自分の歌に点を入れてくれた人が感想を言ってくれるので、ほめられることが多い。これは、とにかくうれしい。不安が確信に変わる瞬間は、何者にも代え難い。

一方、わかってもらえない場合もある。
「これは0点かもしれないけど、どうしてもこの歌を出したい。みんなに解説を聞いて欲しい」という気持ちで、勇気を振り絞ることもままある。そう、歌が未熟でもエクスキューズできるのがうれしい。
どこがわかりずらいのか、なぜ誤解されるのか、自分だけではわからないことを教えてもらえる。自分では想像もつかない感想、観点を指摘されることも多い。驚きやいい裏切りさえある。分かり合えるという、うれしさがある。

最初の勇気さえ出れば、そこは「宝の山」と言っても過言ではない。
十分チャレンジする価値がある。

◆どんな歌がすき?

歌会では、選ぶ歌はだいたい半分以下である。
私はどういう歌が好きなんだろう、と考えると、それが私の目指したいものとつながるのではないか、という思いで、この項目をたてた。
自分とタイプの違う作風を批判する目的はなく、ただただ、好きな歌について突き詰めたいという以外、なんの他意もない。
だいたい、どういうタイプが好きかは、人によって大きく異なる。それは、それぞれの人のスタンスで変わるものだからだと思う。

 

私の好きな歌

  • リズムや韻がきれい
  • 表現にくふうがある
  • おどろきがある
  • 夢がある
  • 実体験に基づいている、もしくはリアルな感覚がある
  • 情景が映像で浮かんでくる
  • 訴えたい魂の叫びが聞こえる
  • ひらがなに弱い

 

わからない歌

  • 何が言いたいのかわからない、意味不明な歌
  • 実感がわかない
  • きれいすぎ
  • うそくさい
  • 直球すぎる
  • 無理がある
  • どこかで見たことある格言的な平凡さ

自分が作った歌が、省みて、後者に属する場合は、残念ながらぼつになり、発表することはない。(ひみつのノートにはこっそり書かれるが)
これが今の自分の価値観なのだろう。自分が未熟でわからない歌もいっぱいある。
そういう場合は、歌を通して勉強してしまえばいいと思ってる。

◆歌はどこからくるの?

五行歌人の皆さんの創作スタイルはどのようなものなんだろうか。
人に聞くなら、自分のも教えろといわれそうなので、ここに記す。

以前歌会で、「どんなふうに歌をつくってるか?」という話題になった。
そのとき私は、「舞い降りる派」だと自称した。
「舞い降りる派」とは、歌が自然に頭の中に浮かんでくるという意味で、作ろうと思って作るのではない。日ごろの果てしない「ものおもい」の中から、舞い降りてくるのだ。

浮かんだら、すばやく手近な紙に書き留める。それをためておいて、パソコンに入れながら推敲する。夢の中で、私はよく歌を作ってるのだが、たいがい起きると忘れてしまう。
それが悔しくて、枕元にメモを置いて寝たこともある。携帯電話に入力することもある。紙がない外出先の場合でも、携帯なら持っているからである。

最初に舞い降りてくるもの、これを「核」と呼びたい。「核」のない歌は作るまいというのが、私のポリシーである。

ではその「核」が生まれる衝動は、どこからくるのか。

先に述べた「どんな歌をつくる?」と重複するが、

 

  1. 内面思考・・・・ものおもい
  2. インプット・・・発見・驚き・感動
  3. アウトプット・・思考・感情の吐露

これが、私の「核」の畑だと思う。
どれも自分の本質にせまるものだ。
自分で自分に気がついていく過程だ。

この作業が楽しくないわけない。

2003.02.01